2024年9月7日 学習・研鑽

北欧ツアー報告8日目

北欧ツアー八日目の朝。
ホテルのビュッフェの朝食は今日も盛りだくさん。

最新式?のドリンクサーバー。

本日はヘルシンキの街でアアルトを中心に建築を見て回ります。
ヘルシンキの街の中だけの移動で移動時間がかからないので、建築見まくりの一日です。
よってブログも相当に長いです。(^^;

まずはアアルト大学(旧ヘルシンキ工科大学)を散策。
ちなみにフィンランドは、幼稚園から大学院まで全部学費は無料です。

キャンパス内にあるディポリ学生会館。
ライリ&レイマ・ピエティラによる設計。

銅板の外壁。
内部は見られませんでしたが、なかなかの迫力の建築でした。
内部を見てみたい、、、。
後ろ髪を引かれながら、アアルトの建物群へ移動。

アアルト大学(旧ヘルシンキ工科大学)のキャンパス。

アアルト大学の図書館。
外部から見た建物には窓がほとんどありません。
ピロティ丸柱の仕上げは銅板葺きでした。

事務棟は横長の連続窓。
機能的な窓が出隅に回り込んでいるディテールにキュン!

階段はいかにもアアルト!

ゴールデンベルがいっぱい!
これでいくらになるのだろう、、、。(^^;

木部と真鍮の切り替えが美しい手摺。
固いものと柔らかいもの、加工しやすいものとしにくいものをうまくハイブリッドで活用されています。
キュンキュンします。

閲覧室の中に入るとアアルトの機能主義建築がよく分かります。
ロードサイドには窓が全くなく、ハイサイド窓と天窓から柔らかな光が差し込んでいます。

お得意のタイル巻の柱。

惜しげもなくPHシリーズの照明器具群。

単調にならない廊下。

図書館内はディテールの宝庫。

図書館内は一部改修工事が行われています。おそらく床を抜いて吹き抜けを新設しています。

この改修工事の設計は、アピラ図書館やセトゥルク図書館を設計しているJKMM architects。

梁を切り離した部分をそのまま表現。

アピラ図書館の少し前の設計。
なんだか時系列を感じますね。

ここにもゴールデンベルがたくさん。
今では一つ75,000円します。
一つ分けて欲しい、、、。(^^;

エーロ・アールニオのボールチェアがあったので、座ってきました。
今では150万円位しますね。

アアルト大学の本館(講堂)棟。
建築を学んだ人にとってはとっても有名な建物。

図書館と本館の模型。

こちらもアアルトらしい階段。
かなり緩やかな蹴上と踏面の関係。

ホールのベンチ。
ファブリックに見える部分は、実は大理石。
柔らかそうに見えて、硬い。

講堂前のホワイエ。

ついつい照明器具に目が行ってしまいます。
通称「手榴弾」と呼ばれているペンダント。

講堂内部。

外観扇形の形の構成をよく理解できました。

屋根に設けられたハイサイド窓の光だけで昼間は講義をするには充分な明るさがあるとのこと。

座席の前に何か気になる感じ。

収納式のテーブルが格納されていました。

音響的なギミックもいろいろ。

「講堂の幅がなんか狭い」と言う話になり、ガイドの学生さんに聞いてみたら隣にも小さなホールがあるとのこと。
こっそり入り口からBホールも見せて頂きました。

円形講堂の屋根部分にも登ってみました。

参加したメンバーで記念撮影。

青空が今日もきれいです。

本館入り口の照明器具。
アアルトはブラケットでペンダントっぽい照明器具を設置することが多いです。

講義棟。
こちらも横長連続窓。

キャンパス内に路面電車が走る風景もいいですね。

新しく出来たばかりの校舎も見学。

ここには建築学科が入居しているようです。

学生の課題展示?

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3Dプリンターが山ほど並んでいました。
この環境で学費が「無料」ってなんて羨ましいのでしょう。

カフェテリアの様子。
なんか懐かしいです。

せっかくなので、お昼はこちらで頂いてきました。

学生は2.95ユーロですが、我々部外者は9.6ユーロ(1500円)。

ハンバーグみたいに見えますが、つくねでした。
1500円は高い、、、、。

トイレは、落書きだらけ。
出来たばかりなのに、、、、。

アアルト大学を離れ、大学近くにある「オタニエミ礼拝堂(1956年)」に訪問。
カイヤ&ヘイッキ・サイレンによる設計です。

安藤忠雄が「水の教会」の設計の際に参考にしたと言われている教会です。

鐘撞櫓の上に建てられた十字架が象徴的。

櫓の中に鐘が隠されていました。

目隠し壁の横ルーバーは、周辺の林の松の間伐材が利用されています。

そして支柱は鉄道レールの再利用であることが分かります。

協会の脇には、目隠しルーバーの取り換え用の丸太が保管されていました。
この状態で腐らない環境がうらやましい。

実は、教会に到着したところ教会の前に霊柩車がまだ止まった状態でした。
まさにお葬式の最中。
係の人に声を掛けるも「今日は見学はダメ」との回答、、、。
「遠く日本からこれを見に来た」とねばると、「式が終わるまで待ったら、片付けの時間の間だけ見せることができるかも」のお言葉を頂きました。
式が終わるまで小一時間ほど待ちました。
写真はひたすら待つメンバーの皆様。

お葬式が終わったあと、10分だけ見せてくれました。

待った甲斐がありました。
大開口の先に緑に佇む十字架を拝むことが出来ました。
アアルトの影響を大きく受けていることがよく分かります。

十字架は鋼製だったのですね。

屋根を支えるトラス構造は木と鉄丸鋼のハイブリッド。
照明器具も仕込まれています。
決して高い材料ではなく、汎用品を活用して効果的に仕上げていることが分かります。

明日以降改修工事に入るとのこと。
改修工事前に見学するのは私たちが最後になるそうです。
工事期間は未定とのなので、しばらくは見学不可になるとのことでした。
日頃の行いを良くしていてよかったです。

オタニエミ礼拝堂を離れ、ヘルシンキ市街へ移動。
ヘルシンキ市街にある建築群を徒歩で回ります。
まずはテンペリアウキオ教会(1969年)。
設計は ティモ&トゥオモ・スオマライネン。

ヘルシンキは岩盤の上に建てられた都市です。
この教会も花崗岩からなる岩盤を削って建てられています。
外から見ると、石の山のようにも見えます。

外をじっくりと見ていたら「挙式が始まるので早く中に入って!」との声が、、、。
慌てて中を見学。
挙式の準備が15分後に始まるそうで、見学時間は15分だけ。

中に入ると圧倒的な迫力の空間。
別名をロックチャーチ(岩の教会)と呼ばれるように、岩盤を掘削して掘り込んで作った半地下の教会です。

日本では到底成し得ないガラスとリブだけで構成されたトップライト屋根から降り注ぐ光は、それはそれは神秘的な空間でした。

地盤そのままの自然の岩が音を乱反射させ、音響的にも優れた空間で、コンサートにも使われるとのこと。

岩とガラス屋根リブの取り合いは、ほんとに現場では大変だったことと思います。

岩を掘削する時に出来る傷もそのまま残されています。

岩を掘り出したところに造った上げ床と岩壁との取り合いは、屋根部取り合いと同様に現場泣かせであったに違いありません!
壁際のグレーチングが泣かせます。(T_T)
係員に追い出されるように外に出ると、外には中に入れない観光客でごった返していました。
声を掛けてもらえて、15分とは言え内部を見学出来てよかったです。

ヘルシンキの街の建築散策開始。
「涼しい」と言われるヘルシンキの9月も日差しがあるとそれなりに暑い。
集合場所では日陰に人が固まります。(^^)
太陽高度が低いので、影も大きく出来ていてよかった。

アアルト設計のアカデミア書店(1969年)。
ヘルシンキの街中、老舗デパートのストックマン(Stockmann)の隣にあります。
内部は明日じっくり拝見します。
今日は時間がないので外から眺めるだけ。

アアルト設計のラウタタロ(1955年)。
ラウタタロとは、フィンランド語で「鉄の家」という意味だそうです。
元々は鉄鋼業者組合のビルとして建てられたこともあって、そう呼ばれていたとのこと。
現在は普通のオフィスビルです。
アトリウムが有名なのですが、今日は時間がないので、内部には入れず、、、。

アアルトのドアハンドルが3連続!

サーリネン設計の「ポホヨラ保険会社ビル(1901年)」。
入口周辺の彫刻が独特です。ちょっと怖いけどユーモラスですね。

Artek本社。
ここも中を見たいけど、時間が無いので、内部は明日。

ヘルシンキ中央駅。
設計は、かの有名なエリエル・サーリネン!
ミッドセンチュリーの代表建築家。

正面入り口前のランプを持った石像が厳かな雰囲気を醸し出しています。
夜はこのランプが光ります。

まさにヨーロッパの中央駅!って感じですね。

ガラス張りの屋根でとても明るい。
日本で同じことをやったら、夏は暑くて大変です。

ヘルシンキ市内での見学ということで、本日は見学先が盛りだくさん。
ヘルシンキの中心街から少し移動して、今回のアアルトツアーのメインとも言える「アアルトの自邸(1936年)」。

アアルトと妻のアイノが40年間暮らした家。
住宅設計を仕事をしている人は、一度は訪れたいに違いない家です。
近くにアアルトのスタジオが出来るまでは、こちらのお家に事務所も併設していました。

入り口の注意書き。
見学の際は、事前にオンラインでチケット購入してくださいね!(^^)

玄関前のステップは、天然の石。
こういうのいいですよね~。
真似している人もとっても多いです。

通りからみて右側のスタジオのある西面ファサード。
あまり写真で見ない面ですね。

通りの反対側の南側ファサード。

壁面はかなりツタが這っています。

食堂脇の勝手口扉は、使われていない様子。

東側ファサード。

丸柱とツタ用?ロッド。

小幅板外壁。

張り出した2階の軒天は、波板貼り。

彫りが深い深い窓。

マイレア邸同様、外壁面はツタが這いあがれるように、木の丸棒が設置してあります。

さて室内へ!
玄関スペース。

過去に何度も何度も写真で見たリビング。

ピアノの上にはアイノの写真。

閉鎖的な通りのファサードからは想像できない南側に開けたリビングダイニング。

リビングからダイニングを見る。

ファンレッグ(Xレッグ) テーブル。

Beehive(蜂の巣)ペンダント!

ダイニングへ!

ペンダントは、いろいろなところで見かける白のペンダントの3連タイプ。

ダイニングとキッチンを分ける収納には、ワイヤーでできた人型の置物が。
彫刻家のアレクサンダー・カルダーがアアルトに送ったプレゼントとのこと。
おそらくオリジナルの一品ものなので、もしも売ったら相当なお値段になるに違いない。

ダイニングチェアは、アアルト夫妻がイタリア新婚旅行の際に購入したもの。
テーブルはアルテック製で、エクステンションになっています。

テーブルのエクステンション用の天板は、この家具に収納できるようになっています。
考えられてますね~。

キッチン側から見たダイニング収納。

キッチンの様子。

自宅内のアトリエ。
昔はここに所員さんも仕事していました。

西側の高窓から燦燦と光が差し込みます。

アアルトの自席。
西と南と二方向採光。

こんな環境で設計をされていました。

所員さんの席。

アトリエ南側の庭に出る勝手口。

アトリエ北側の階段と暖炉。
ロフトに上がるハシゴ階段。

アトリエ北側にある書斎。

書斎からアトリエを見下ろす。

2階へ!

2階の第二リビング。
南側は高い位置に窓があり、その下にソファがあります。

ソファが向かう先は暖炉です。
ソファーで外を眺めるのではなく、暖炉を眺める配置です。

床は天然リノリウム。
当時のまま。

個室。

丸柱を逃げる据付テーブルのディテールがいいですね。

メインベッドルーム。

窓に造付カウンター。
下部に暖房機。

奥にウォークインクローゼット。

クローゼット内には、自然光を取り入れる丸い天窓。

2階の洗面所。
サナトリウムの手洗い器が2つ並んで設置されています。
こちらにも丸い天窓。
洗面台の上部にある四角いガラスはめ殺し窓に注目。

洗面所の隣はトイレになっていて、洗面所のトップライト脇のはめ殺し窓から光が差し込みます。

無窓のトイレですが、ここにも自然光が入って来ています。

もう一つの個室。
造付のベッドと収納があります。

この収納付きベッドの図面。

年季の入ったドアハンドル。

2階のルーフバルコニーテラス。
屋根の掛け方が個性的。
丸太梁で垂木を受けています。

なんでこうしたんだろう、、、。
アアルト自邸は以上。
しっかり堪能させて頂きました。

アアルトのスタジオ(1962年)。
アアルトの自邸から徒歩で10分ほどのところにあります。
現在はアアルト財団のオフィスとして使われています。

東側のルーバー屋根。

ルーバー下にあるスタジオの勝手口。

会議室のハイサイド天窓の外部。

製図室と食堂。

円形の中庭

食堂の接続部

外壁はかなり傷んでいます。
コロナ禍で開館していなかった期間が長がったそうで、その間に相当傷んでしまったとのこと。
現在は外壁の一部を改修中でした。

増築された食堂部。

キッチン。

食堂廊下から中庭を見る。

いよいよスタジオと製図室へ!

階段を上った先は、製図室!

写真で何度も何度も見た製図室。
ここで多くの作品が生み出されてきました。
設計室の風抜き窓は、ハイサイド窓にある小さな縦長窓が南北に1箇所ずつとのこと。

当時の製図室の写真。

二番目の奥様エリッサの写真。
自宅と違って後妻のエリッサとの思い出がたくさん詰まった場所。

スタジオには、当時のサンプルがそのまま保管されています。

北西角の個室。
アアルトの部屋だったのでしょうか?

会議室。

斜めのハイサイド天窓から優しい光が差し込んでいます。

当時の会議室の様子。

スタジオへ!
スタジオ内の椅子は実際に座ることが出来ます。
パイミオチェア、スツール60などなどアルテックの名作椅子に座り放題。

円形中庭に面した窓。
床はここも天然リノリウム。

スタジオの先の鋭角部はどうなっているのか気になっていたのですが、こんな感じでした。(^^)

スタジオ奥のステージ。
ここでは高い位置から見下ろしたり見上げたりするような検討を行っていたとのこと。

試作品の照明器具がいろいろ。

ステージ上部に上がるためのハシゴ。

ステージの手摺。

コンサートホールの検討などをしていたのでしょうか。

スタジオの床は床暖房だったとのこと。
コア抜きしたスラブが展示されていました。

スタジオ近くから見た夕日。

フィンランドもとうとう最後の夜となりました。

最後の晩餐は、かの有名なヘルシンキの「かもめ食堂」にしました。

すみません。
すみません、映画観てないんです。
帰ったら観ます。(^^;;

店内はガラガラでした、、、。
混んでいることも多いと聞いていたのですが、

北欧定食

味噌ラーメン

かもめマークの小さなまな板

お客さんは我々だけ。

出演者のサインが飾られていました。
とうとう北欧も明日で最後。
明日もヘルシンキの街を散策します。



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